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大阪高等裁判所 昭和54年(行コ)78号 判決

控訴人(原告) 三浦敏只

被控訴人(被告) 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の各物件(以下「本件物件」という。)につき、宮崎地方法務局昭和五一年六月五日受付第二一六二四号をもつてなされた差押登記(以下「本件差押登記」という。)の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者の主張及び証拠関係

次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  原判決二枚目表一〇行目の「なし、」の次に「宮崎地方法務局同年同月五日受付第二一六二四号をもつて」を、同裏二行目の「もつて」の次に「同年同月二〇日売買を登記原因として」をそれぞれ付加し、同三行目の「へとの」を「への」に改める。

(二)  原判決三枚目裏一行目から同四枚目表四行目までを次のとおり改める。

「一 被控訴人の抗弁1及び2の前段の各事実は否認し、2の後段の被控訴人が訴外会社の租税債権者であるとの事実は知らない。

二  控訴人は、昭和四九年ころ、宮崎県内で東洋写真印刷有限会社を経営し、その副業として不動産を扱い利益を得ていたところ、同年二月ころ、訴外藤原信夫(以下「藤原」という。)から事業資金に困つているので金一〇〇万円ほど融通して欲しいとの依頼を受けるとともに、これより先、知人の野崎定人から訴外日昇開発株式会社(以下「日昇開発」という。)振出の約束手形二通(額面合計金六五〇万円)を月五分の約束で割引いて欲しいとの依頼を受けていたので、藤原に対し、右手形を低利で割引いてくれるところを探せば利息の差額分が手に入るとの話をした。そこで藤原は、訴外富士栄興株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表者加藤友一に右手形の割引依頼をしたところ、加藤はこれに応じ、同人の取引先である訴外朝銀兵庫信用組合尼崎支店(以下「訴外信用組合」という。)に赴き、自己の名で右手形の割引を受け、割引金のうち約金八〇万円を藤原が、約金五五〇万円を野崎が取得した。しかし、同年五月に日昇開発が倒産して右手形が不渡となつたため、加藤は、藤原を通じて控訴人に対し、右手形の決済を要求したので、控訴人は、手形割引の仲介の労をとつた道義的な責任上、加藤に対し、「控訴人所有の本件物件につき、先順位の債権者の登記を抹消したうえ、これを担保にして訴外信用組合から金一五〇〇万円の融資を受け、これで右手形の決済をするとともに、自己の右債務の返済をし、その履行先を一本化したい。」との提案をし、加藤が了承した結果、右合意に従い、請求原因二の2記載のとおり、本件物件につき、訴外会社に所有名義が変更された。そしてその際、控訴人と加藤との間で、訴外会社が訴外信用組合から融資を受けた暁には、所有名義を控訴人に戻すとともに、訴外信用組合に対する債務者を訴外会社から控訴人に変更すること、もし右融資が実現しなかつた場合には、速やかに所有名義を控訴人に戻す旨の合意がなされた。

したがつて、訴外会社名義の所有権移転登記の登記原因とされた昭和四九年五月二〇日売買が仮装のものであることは明らかであり、また控訴人は、訴外会社に対し、一時的に本件物件の所有名義を貸して担保権設定の権限を授与したにとどまり、双方に所有権移転の意思はなかつたから、被控訴人の主張するように所有権の信託的譲渡がなされたということもできない。

三  仮に控訴人、訴外会社間において本件物件につき所有権の信託的譲渡がなされたとしても、その内部関係をもつて第三者たる被控訴人に対抗することができ、したがつて訴外会社が本件物件につき処分権能を有することを前提とする本件差押処分は無効というべきである。けだし、一般私法上の法律関係においては、真実に反する外観を作出した当事者よりも、右外観を信頼して取引関係に入つた善意の第三者を保護し、もつて取引の安全を期するという見地から、一定の場合に、当事者間の法律関係をもつて第三者に対抗しえないとの法理が、法律上の明文により、若しくは解釈により認められている。しかし、本件においては、本件物件につき訴外会社の登記名義を信頼して利害関係を持つに至つた被控訴人たる国は、租税債権者として自力執行力を有する優越的意思の主体で、かつ、その財産的基盤も私人とは比較にならぬほど強固であるのみならず、利害関係を持つに至つた契機が取引行為ではなく、行政処分なのであるから、右の法理を適用ないし類推する余地はなく、したがつて被控訴人は私法上の差押債権者とは本質的に異なる地位にあるといわざるをえないからである。

四  のみならず、仮に訴外会社が前記のとおり本件物件につき所有権の信託的譲渡を受けたとしても、いま本件差押登記を有効とすると、滞納者ではない控訴人から本件物件を奪取することになり、また訴外会社は本件物件を控訴人のために融資を受けるという目的でのみ担保に供すべく、他の目的でこれを担保に供したり、処分したりすることはできないとの義務を負つた以上、結果的に滞納者に法律上不能なこと若しくは義務違反を強要するのと同様であつて、このことが国税徴収法の趣旨、目的に反することは明らかである。」

2 被控訴人の主張

(一)  原判決二枚目裏末行目の「原告が本件物件を所有していた」を「控訴人が昭和四九年五月以前に本件物件の所有権を取得した」に改める。

(二)  原判決三枚目表二行目と三行目の間に「控訴人は本件物件の所有権を喪失した。すなわち、」を挿入し、同三行目の「一、」を「1」に、同五行目の「二、」を「2」にそれぞれ改め、同一二行目と末行目の間に次の一項を挿入する。

「本件物件は、右のとおり、本件差押処分の当時、訴外会社の所有に属していたところ、被控訴人(大阪国税局長)は、訴外会社に対する本判決別紙目録記載の国税債権に係る滞納処分として本件差押処分をした。」

(三)  原判決四枚目表一〇行目の「ものである。」の次に「すなわち、昭和五〇年九月三〇日訴外会社が倒産したため、被控訴人(大阪国税局長)は、滞納処分をすべく同会社の財産を調査したところ、その昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月三一日までの事業年度の決算書中に訴外会社が宮崎市に建物を所有している旨の記載があつたが、当該物件の所在等が判明しなかつた。ところが、昭和五一年五月二九日に宮崎地方裁判所から同裁判所が本件物件につき競売開始決定をした旨の通知を受けたので、急きよ本件差押処分をしたものであり、同会社の前主が控訴人であることすら知らなかつた。」を付加する。

(四)  原判決六枚目表一一行目の二の項の冒頭に「国税徴収法一条所定の」を付加する。

3 証拠関係〈省略〉

理由

一  控訴人が昭和四九年五月以前に本件物件の所有権を取得したこと、本件物件につき本件差押登記、すなわち宮崎地方法務局昭和五一年六月五日受付第二一六二四号をもつて被控訴人のため同年同月一日訴外会社に対する国税滞納処分としての本件差押処分を登記原因とする本件差押登記がなされていることは当事者間に争いがない。

二  そこで控訴人が本件物件の所有権を喪失した旨の被控訴人の抗弁について判断する。

1  本件物件について宮崎地方法務局昭和四九年五月二七日受付第一七一九一号をもつて同年同月二〇日売買を登記原因とする訴外会社名義の所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。

2  被控訴人は、本件物件について右登記原因どおりの売買が控訴人と訴外会社との間で成立した旨主張し、また控訴人は本件物件の所有権を訴外会社に対し信託的に譲渡したものであるから、その内部関係をもつて第三者たる被控訴人に対抗することはできない旨主張するので、右各主張について検討する。

(一)  成立に争いのない甲第一ないし第五号証、乙第一号証、当審における控訴人本人尋問の結果により成立が認められる甲第六、第七号証の各一、二、第八号証、原審証人加藤友一の証言及び右本人尋問の結果(ただし、いずれも後記措信しない部分を除く。)、前記当事者間に争いがない事実並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 控訴人は、昭和四九年ころ、宮崎市の本件物件所在地で写真印刷業、不動産業などを営んでいたが、そのころ、業績不振のため訴外日本電建株式会社(以下「日本電建」という。)に対し約金六〇〇万円、訴外石黒文茂(以下「石黒」という。)に対し金三〇〇万円の各債務を負担し、日本電建の申立により、控訴人所有に係る本件物件のうち、原判決別紙物件目録(一)ないし(四)記載の各土地につき強制競売、同目録(五)記載の建物につき任意競売の各手続が進行中であつて、かつ、右各土地については石黒が自己を権利者とし売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由していた。

(2) 控訴人は、同年二月ころ、同郷の長生株式会社代表者野崎定人から、同会社裏書、日昇開発振出に係る金額一五〇万円、満期同年五月一六日及び金額五〇〇万円、満期同年同月二五日の約束手形計二通(以下「本件手形」という。)を月五分で割引いて欲しいとの依頼を受けるとともに、知人の藤原から金一〇〇万円ほどの融資を依頼されたので、両名を引き合わせた結果、藤原が本件手形の低利の割引先を見付け、その利さやで金融を得ることとし、同人は、かつて訴外会社に勤めていたところから、同会社代表者加藤友一に対し、右手形の割引を依頼した。

(3) 訴外会社は、その当時、資金繰りに窮し、本件差押処分に係る滞納国税のうち金六七〇万円余を滞納し、みずから割引に応ずることはできない状況にあつたが、かねてより訴外信用組合と取引があり、加藤がその理事をしていたので、加藤は、訴外会社の裏書をして右手形を訴外信用組合で割引き、控訴人立会のうえ、右割引金のうち金七、八〇万円を藤原、残余の五百数十万円を長生株式会社に支払つた。

(4) ところが、本件手形のうち満期同年五月一六日の手形が不渡となり、訴外会社か訴外信用組合に対し右手形の買戻債務を負担するに至つたため、加藤は、藤原を通じて控訴人に対し、右買戻について協力を求めたところ、控訴人から本件物件の担保提供をしたいとの申出があつた。そこで同月二〇日ころ、控訴人と加藤が話合つた結果、(ア) 控訴人は、訴外会社が訴外信用組合から融資を受けるため訴外会社に本件物件の所有権を移転しその旨登記を経由すること、(イ) 訴外会社は本件物件を担保として訴外信用組合から金一五〇〇万円を限度として借り入れ、二か月すえ置き、五年間の割賦払で右債務を返済すること、(ウ) 訴外会社の右借入金債務は内部的には控訴人が負担すること、(エ) 訴外会社の右借入の有無にかかわらず同年七月末日までに本件物件につき控訴人名義に所有権移転登記を復すること、(オ) 右借入金は訴外信用組合に対する本件手形の買戻債務金六五〇万円の支払に優先的に充て、その残余で日本電建及び石黒に対する控訴人の前記債務の決済を図ること、以上の点を合意し、同年五月二七日本件物件につき訴外会社名義に所有権移転登記を経由し、同年六月二日両名の間で前記(ア)ないし(エ)の各条項を記載した念書(甲第八号証)を作成した。

(5) しかし、訴外信用組合は、本件物件の担保価値が十分でなく、本件手形の買戻が先決であるとして訴外会社の融資依頼を拒んだため、加藤は、自己の判断により、同月一八日ころ訴外会社名で、本件物件を担保として訴外白川燦一(以下「白川」という。)から金一五〇〇万円を借り入れ(白川は同月二六日本件物件につき抵当権設定仮登記を経由した。)右借入金によつて訴外信用組合から本件手形を買戻すとともに、日本電建及び石黒に対する控訴人の前記債務を完済し、同年七月二二日石黒名義の仮登記が、また同年八月二六日日本電建申立に係る各競売申立記入登記がそれぞれ抹消された。

(6) 訴外信用組合は、右のとおり本件物件を担保とする融資を実行しなかつたにもかかわらず、同年一〇月一日、訴外会社に対する取引上の債権を被担保債権として、本件物件につき極度額金二〇〇〇万円の根抵当権設定登記及び代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由したため、加藤は、右の事実を知つた控訴人から本件物件の返還を強く迫られ、訴外信用組合に対し、右各登記が冒用登記であるとしてその抹消を求めた。そして右各登記は、昭和五〇年一二月一八日抹消されたものの、この間、同年九月三〇日訴外会社が倒産し、昭和五一年中には、本件物件につき、被控訴人が同年六月一日本件差押処分をしたほか、訴外会社に対する公法上の債権者が相次いで差押ないし参加差押の各登記を経由し、白川が前記抵当権に基づいて競売申立をする(ただし、同年一〇月九日右申立は取下げられた。)事態となり、加藤において控訴人と折衝を続け、控訴人が訴外会社に金一五〇〇万円を支払つた結果、白川の競売申立は同年一一月一日抹消(原因同年一〇月九日取下。右金一五〇〇万円の支払は右一〇月九日ころと推認される。)された後、昭和五二年一月一〇日、真正な登記名義の回復を原因として控訴人名義に所有権移転登記が経由されるとともに、訴外会社の白川に対する前記借入債務につき新たに控訴人を債務者とする債権額金一八〇〇万円の抵当権設定登記が経由された(白川の訴外会社に対する前記抵当権設定仮登記は同日抹消された。)。

原審証人加藤友一の証言及び当審における控訴人本人尋問の結果中、右認定と抵触する部分は、前掲各証拠と対比してにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の認定事実によれば、控訴人は、営業の本拠であるその所有の本件物件につき、債権者日本電建の申立により競売手続が進められ、仮登記担保権者石黒に対しても債務を負担していたところ、自己が割引の仲介をし訴外会社が訴外信用組合で割引いた本件手形が不渡となり、訴外会社が訴外信用組合に対して負うことになつた右手形の買戻債務を、控訴人が訴外会社に対して内部的に負担したが、控訴人は、訴外会社と合意のうえ、右の債務と併せて、日本電建及び石黒に対する控訴人の前記債務についても一挙に決済を図るべく、訴外会社が、控訴人の本件物件を担保とすることによつて、かねてより取引関係のあつた訴外信用組合から融資を受けることを見込み、右融資実現のため、訴外会社への所有権移転登記を経由したものと認めるのが相当である。

したがつて控訴人と訴外会社との間に登記原因の売買契約が成立したと認める余地はないので、被控訴人のこの点に関する主張は理由がない。

(二)  ところで、控訴人は、右のとおり訴外会社が本件物件につき所有権移転登記を経由したのは、控訴人か訴外会社に一時的に名義を貸して担保権設定の権限を授与したにとどまり、双方に所有権移転の意思はなかつた旨主張する。しかし、(1) 訴外会社は、本件物件につき自己が所有権を有するものとしてこれを担保に融資を得たのであつて、本件物件につき控訴人から訴外会社へ所有権が移転していないものとすれば、訴外会社が本件物件につき有効に担保権を設定することはできず、それは控訴人及び訴外会社の真意に反するものと考えられること、(2) 当初予定された訴外信用組合からの融資は実現せず、白川からの融資は訴外会社代表者加藤の判断によるものであつたにせよ、それによつて控訴人及び訴外会社の企図した経済的目的は達成されていること、(3) 本件物件を担保として訴外会社が控訴人のため他から融資を受けるについて、控訴人は物上保証の方法を取らずにあえて所有名義を変更していること、(4) 控訴人と訴外会社との間では、訴外会社が昭和四九年七月末日までに所有名義を控訴人に復する旨合意され、甲第八号証の念書中にもその旨明記されたが、控訴人に本件物件の所有名義が復したのは訴外会社に所有権移転登記が経由されてから二年半余り後の昭和五二年一月一〇日であることなどからみて、右の点は融資実現の目途を一応約定したにすぎないものと考えられること、などの諸点に照らすと、控訴人の右主張はにわかに採用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、訴外会社名義の所有権移転登記に先立つて控訴人と訴外会社との間で成立した合意は、訴外会社が控訴人のため本件物件を担保として融資を受けることを目的とし、かつ、訴外会社が右目的以上に権利行使しないとの債務を負つた、控訴人から訴外会社への本件物件の所有権の移転、すなわちその信託的な譲渡であると解するのが相当である。

(三)  およそ信託的行為によつて所有権の移転がなされた場合、譲渡当事者間における譲渡目的の制限は第三者に対抗することができず、対外関係においては、所有権は譲受人に帰属するものというべきところ、前判示のとおり、被控訴人は、訴外会社に対する国税滞納処分としての本件差押処分を登記原因として、訴外会社の所有名義となつていた本件物件につき本件差押登記を経由したものであるから、前記の認定及び判断によれば、本件差押登記の当時、控訴人は、第三者たる被控訴人に対し、訴外会社との内部関係に基づき本件物件が実質的には控訴人の所有に属する旨の主張をなしえない地位にあつたものといわなければならない。

この点について、控訴人は、本件のごとく、不動産の所有名義を信頼して利害関係を持つに至つた被控訴人たる国が、租税債権者として自力執行力を有する優越的意思の主体で、かつ、その財産的基盤も私人とは比較にならぬほど強固であり、利害関係を持つに至つた契機が行政処分であるような場合には、前記のような一般私法上の法理の適用ないし類推を否定すべきである旨主張する。

ところで、国税徴収法所定の滞納処分は、租税債権者である国が、租税債務者である滞納者に帰属する一般財産につき、租税債権を強制的に実現する手続で、行政処分であるが、対象となる財産が滞納者に帰属するか否かの認定、すなわち右財産の主体の認定については、右財産が私法上の権利である場合、私法法規によつて決定するのが相当である。なるほど租税債権者は国であり、租税債権は公法上の債権で、滞納処分は行政処分である。しかし租税債務者を定めるについては法形式によるほか、いわゆる実質的課税の原則による場合もあるが、実現される権利が公法上の債権であるか私法上の債権であるかによつて、対象となる財産が滞納者に帰属するか否かの認定につき差異を生じさせるものとは解し難い。また滞納処分は租税債権の実現を目的とする点において、私法上の債権の実現を目的とする民事執行と異なるが、右両手続はいずれも国家権力による債権の強制的実現を目的とする点において本質的な差異はない。結局対象となる財産が私法上の権利である場合は滞納者に帰属するか否かは私法法規によつて決定すべきものである。そしてこのように解することは、滞納処分における財産の換価は、その実質は滞納者と買受人との間の売買契約であること、買受人は主として私人であることにも適合するものである。本件においては、前記のとおり本件差押当時本件物件は外部的には所有権が控訴人から訴外会社に移転し、その旨の登記もなされていたものであるから、滞納処分上も本件物件は滞納者の所有財産と認定さるべきものである。控訴人の主張は採用できない。

(四)  控訴人は、更に、訴外会社が前記のとおり本件物件につき所有権の信託的譲渡を受けたとしても、本件差押登記を有効とすると、滞納者ではない控訴人から本件物件を奪取することになり、また訴外会社がその処分権能を有しなかつた以上、結果的に滞納者に法律上不能なこと若しくは義務違反を強要するのと同様であつて、これは国税徴収法の趣旨、目的に反すると主張する。もとより国税滞納処分による差押の対象は、滞納者の一般財産に限られ、第三者の所有財産に対してなされた差押処分は違法、かつ、無効といわなければならないが、前判示のとおり、本件差押処分の当時、本件物件の所有権は、対外的には、訴外会社へ移転していたのであり、ただ控訴人と訴外会社との間において前記のとおりの法律関係が存したにすぎないから、本件差押登記を有効な登記原因に基づくものとして是認することが、法律上滞納者以外の所有に属する財産を奪取することにはならない。また租税債権者が右のような私法規定に従つて納税義務の履行を求めることも、また、国民の納税義務の適正な実現にほかならず、これによつて控訴人主張のような不都合が生ずるとはいえないから、国税徴収法の趣旨、目的に反するものではない。その主張は採用できない。

3  そうすると、被控訴人の前記抗弁は理由があるものというべく、本件物件につき所有権を有することを前提として本件差押登記の抹消を求める控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れない。

三  よつて、右と同旨の原判決に対する本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村瀬泰三 高田政彦 篠原勝美)

目録〈省略〉

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